映画『パンク侍、斬られて候』公式サイト 6.30全国ロードショー<

制作秘話

原作小説・脚本・監督
すべてがパンクな映画に

町田康による小説『パンク侍、斬られて候』が刊行されたのは2004年のこと。発売時にこれを読んだ石井岳龍監督が映画化を意識したことが始まりだった。石井監督は言う。「主人公の掛十之進をはじめ、様々な濃いキャラクターたちが縦横無尽に活躍していく。なかには猿の軍団と腹ふり党の合戦までありながら、現代の社会をデフォルメした純文学であるという非常に欲張った企画だなと。これを映画にしたら、最近は少なくなっている奇想天外で娯楽的であり、かつ観る人によっては様々なものを感じられる、そんな映画になると思いました」。
 そして映画化へ乗り出そうとするも、技術面や資金面で折り合いがつかず、一度は企画を断念。2015年の5月、監督の『ソレダケ / that's it』公開時に映画を観て衝撃を受けた伊藤和宏プロデューサーが監督に電話したことを機に企画は再び動き出す。
 かつて酒の席で監督が話していた「『パンク侍、斬られて候』をやりたい」という言葉を思い出した伊藤プロデューサーが早速原作者の町田康に映画化を打診すると、かつて監督と『爆裂都市 BURST CITY』(82)、『鏡心・3Dサウンド完成版』(05)《※いずれも石井聰亙監督名義の作品》などで映画監督と一俳優として仕事をしてきた町田は「石井監督だからこそというより、石井監督じゃなきゃ映画化をOKしていなかった」と、これを快諾。
 そして同年の年末には、脚本を宮藤官九郎に打診。「パンクな作家の小説をパンクな脚本家が脚本にし、パンクな映画監督がこれを撮る、というふうにしたかったし、映画に商業性を持たせ、かつ石井さんをリスペクトしてくれる人と考えたら、宮藤さんしかいませんでした」と伊藤プロデューサーは起用の意図を語る。
 監督のファンとして知られ、自身の作品の中でも石井作品へオマージュを捧げてきた宮藤は奇跡的にスケジュールがはまり、2016年秋に脚本執筆に取り掛かる。「前半は本格時代劇に」「いまの人が観て共感できるような物語に」「主役の掛を中心に話が動くように」「恋愛要素を立たせて」といった石井監督と伊藤プロデューサーからのリクエストに応えつつ、原作の大きな魅力である各キャラの”心の声”は、本作中のあるキャラクターにすべて語らせることを宮藤が発案。途中、シーン数を減らした程度で大幅な変更点もなく、無事2016年冬に初稿が完成した。

石井監督作常連組×初参加組
=夢のキャスティングが実現

主人公のパンク侍こと掛十之進役を『シャニダールの花』(13)、『ソレダケ / that's it』で仕事をした綾野剛に、というのは監督たっての希望だった。「シリアス、不良性、アクション、恋愛、ギャグと振り幅広く乱反射していくような掛というキャラクターを演じられるのは綾野君しかいないと思っていました」。
 さらに、掛を取り巻くキャラクターたちにはそれぞれが主役級と言える面々が。その起用の理由をプロデューサーが語る。まず、掛を裏で操作する黒和藩筆頭家老の内藤帯刀には『エンジェル・ダスト』(94)で石井組を経験している豊川悦司を起用。「掛という超人的剣客が超えられない圧倒的な壁を作り、威圧感を出せる人。そう考えたら豊川さんしかいませんでした」。
 掛が因縁の相手と知らず惹かれていくろんには、「出会った瞬間に恋に落ちるぐらいの絶対的な美とミステリアスさ、芯の通った太さを持つろんを演じる上で説得力がある人」ということで石井監督作品初参加となる北川景子を起用。正論が暴走する黒和藩の藩主・黒和直仁には「堅物で真っ直ぐな佇まいを感じさせる殿としての説得力を発揮でき、ギャグにも挑戦できる演技力への期待」ということで、こちらも初参加の東出昌大を起用している。
 黒和藩の次席家老・大浦主膳には監督と『五条霊戦記 GOJOE』(00)、『DEAD END RUN』(02)で仕事をした國村隼を起用。「大浦は内藤と対になる人であり、出てきた瞬間に豊川さんと同様のインパクトがなければいけないと思いました」。近年の石井作品常連組のひとりである染谷将太は大浦の用人の幕暮孫兵衛に。「幕暮は現代の若者というイメージを背負ったキャラクターです。あのちょっと抜けた感じを、芝居巧みな染谷君ならうまく出してくれると思いました」。
 さらに元腹ふり党大幹部の茶山半郎には浅野忠信、“喋る”大猿・大臼延珍には永瀬正敏と、常連組のふたりを起用。「浅野さんは独特の存在感があり、誰が見てもエキセントリックな感じが出せる人ということで。またカンヌの常連の永瀬さんに大猿を演じてもらうというのは、本作の精神性を象徴するようなもの。打ち合わせの際にニホンザルに徹する、と言ってくださった永瀬さんに、この人しかいないと確信できました」。
 いずれキャスト陣は監督との仕事や宮藤の書いた初稿の面白さに惹かれ、出演のオファーを快諾。伊藤プロデューサーは言う。「まずは石井監督作品の常連キャストたちを一堂に集めましょうと。そこにフレッシュな初参加組を掛け合わせ、化学反応を起こそうと。結果的に、最初に考えた夢のキャスティングをそのまま実現できた。奇跡的なことだと思います」。

石井監督の感性+プロの技で
パンクな画世界を

本作のパンクなビジュアルは、監督の感覚的な指示を的確に捉え、具現化していくプロの仕事によって作り上げられている。
まずは“場”について。本作は数々の時代劇の名作を世に送り出してきた東映京都スタジオをベースに撮影されているが、これを発案したのは監督とは35年来の付き合いである美術の林田裕至だった。林田は監督やプロデューサー陣を伴って京都へ。東映京都スタジオに加え、近郊の寺や山道などもロケハンし、京都で実写部分のすべてが撮れると確信。なかでも、時代劇パーマネントセットがある東映京都スタジオの8スタジオは、黒和藩の大広間やさるまわ奉行所の道場、尊大寺の撮影セットとして、計5回飾り替えして使われることとなった。
 林田は監督の「最初は本格時代劇で、徐々に世界が破綻していくようにしたい」という言葉を受け、本作の美術背景を映画序盤では抑制を利かせデザインしているが、それは先行してできあがっていたカラフルでユニークなキャラクターデザインと衣裳デザインを際立たせるため、という配慮もあった。そして物語が大きく動き出す後半では、スラム街の造型などかつての時代劇にはなかったアバンギャルドな空間を作り出している。また劇中人形劇によるシーンは人形造型含め美術班で担当し、全スタッフ総動員で操演している。
キャラクターデザイン・衣裳デザインを担当した澤田石和寛が本作の脚本を読んで最初に思い描いたものは「宇宙に浮かぶ極彩色の球体」だった。監督から「掛は水色で」と最初にリクエストがあったことから、掛=地球とイメージし、ろん=太陽、茶山=植物、大臼=火、黒和藩=昆虫、オサム(若葉竜也)は大自然とし、それぞれ色彩をあてはめていくことに。掛=水色、ろん=桃色、茶山=黄緑色、大臼=紫・赤、オサム=深緑、黒和藩=無彩色から次第に各人で色を持つようになる、という具合にそれぞれのテーマカラーを決めていった。また着物の形も、次第に崩れていくという本作の世界観に添うよう、敢えて“着崩れて”見えるようデザイン。「襟付けは曲線で襟幅は広く、羽織の襟付けを見本にして襟がそれぞれの首周りに馴染むよう設計され、その襟部分を支点に安定して着られるが、着崩れて見える」というものに。
映画の世界観を支え、強烈なインパクトを残すビジュアルは、こうして緻密な計算のもとで作られていくことになった。

時代劇、アクション、ギャグ、ロマンス…
日々様変わりする撮影現場

本作のクランクインは2017年の6月29日。以降、8月2日まで京都をベースに撮影が行われ、本隊は東京へと移動。8月5日から31日まで都内東宝スタジオにてグリーンバックでの撮影が行われた。
 その撮影現場を監督は「毎日がクライマックス」と話し、キャストやスタッフは口々に「毎日、違う映画を撮っているようだった」と振り返る。その言葉通り、ある日は本格時代劇、ある日はアクション映画、ある日はギャグ映画、ある日はラブストーリーと、破天荒なストーリー展開に合わせて雰囲気もテンションも様変わりするという、これまでにない映画の撮影現場となった。
 7月6日、東映京都スタジオにて黒和藩場内大広間に黒和藩の藩主・直仁と藩士一同、掛十之進が会する映画序盤のシーンを撮影。藩主・直仁を中心に向かって左側に内藤派の藩士たち、向かって右側に大浦派の藩士たちをシンメトリーに配した画には、まさに本格時代劇といった趣が。その荘厳な雰囲気が、掛が尻を丸出しにすることにより一気に崩れる…という流れなのだが、掛役の綾野剛の提案により、逆ブリッジの形でふんどし姿になって殿がいる方へと進み、途中で尻を向けて突き出すことに。本番の綾野の振り切り具合に、監督の「カット、OK!」の声がかかった途端に現場は笑いに包まれる。掛の型破りなキャラクターが一目で伝わるシーンとなった。
 7月8日には、京都左京区の谷山林道で映画のオープニングシーンを撮影。黒和藩へと続く街道を往く掛が、通りがかりに物乞いする親子の父親(町田康)を斬る。とりわけ、掛が抜刀してから刀を振るまでのカットを撮影する際、綾野がその抜群の身体能力と勘の鋭さを発揮する。アクションコーディネーターの諸鍜治裕太による「刀の軌道を13:35から12:35にして」と時計の針に例えた指示をすぐさま理解し、その通りに体現。斬られ役となった原作者の町田康も「棒はもう0.5秒後で落として」といった監督の細かい指示に的確に応えてみせた。
 7月17日、撮影現場はカオスだった。舞台は東映太秦映画村のオープンセット。約50mの道を黒和藩の城下大通りに見立て、腹ふり衆たちが城のほうへと押し寄せるシーンを撮影。ろんを先頭にろんダンサー、幕暮、オサム、縄次(ラティール・シー)、神輿で担がれた茶山、腹ふり衆の大群とエキストラも合わせ200人超えの腹ふり衆が、「振付稼業 air:man」考案の腹ふりダンスを踊りながら練り歩く。午前中から段取りを重ね、本番は昼過ぎにスタート。気温30℃超えという炎天下の中、腹を激しく振りながら歩くという過酷な撮影を繰り返すこと計5回。ようやくOKが出た時には現場から大きな拍手が。ろん役の北川も「これで少し余裕ができた」と安堵の声を漏らす。
 さらに同日、腹ふり衆たちに囲まれ、襲い掛かられようとする掛をろんが救い出すシーンも撮影。『モーゼの十戒』さながら、海が割れるようにろんが歩みを進めるとその前に道ができる。ろんと掛の目と目が合い、ろんが掛の手を引き寄せた瞬間、カオスだった現場は一転、ロマンスに彩られることとなった。
 その他にも、掛と真鍋五千郎(村上淳)の超人的剣客同士の超絶バトルシーンや、大浦と家臣の長岡主馬(近藤公園)と猿たちによる猿回しコメディシーン、猿軍団が躍動する大迫力かつシュールな合戦シーンなど、シリアスにもコミカルにも現場は様変わり。主演の綾野がクランクアップ後に残した言葉は、他にはない本作の撮影現場を物語っていた。
「毎日、『なんだこの映画』ってみんなで笑いながら作りました。今の時点でも一体この映画がどんな映画になるのか、全く想像がつきません」。

特撮、CGパートで
“宇宙”を感じさせる映画に

驚天動地の世界を織り成す上で、特撮・CGチームが果たす役割は大きい。撮影後のポストプロダクション段階で合成したカットは672、細かいものも含めると約870を超える。その中心を担ったのは、特撮の第一人者である尾上克郎特撮監督だった。尾上もまた美術の林田と同じく、石井監督とは30年以上の付き合いになる。石井監督の「ここはビート感が欲しい」「もっと圧倒的なスピード感で」といった感覚的な要求を正確に理解し、具現化できるのも、その長年の積み重ねがあればこそ。尾上は石井監督との仕事をこう考えている。
「多分、石井さんの頭の中では360度、VRで『パンク侍、斬られて候』の世界が広がっているんです。その世界の中をどう切り取っていくのか。フレームで考えるというより、むしろ枠に収めず、フレームの外の世界の広がりを感じさせる、そんなビジュアルを探していく感じでした」。
 特撮・CGチームがとりわけ力を発揮したのは映画後半の合戦シーン。最も多いところで、ワンカット内に腹ふり衆が約3000人、猿が一億匹映っている。
まずは選抜した8人の腹ふりレギュラー陣をボディスキャンし、CGモデルを作成。その後、踊ったり旗を振ったり、倒れたりと様々なアクションを実行してもらい、その様子をモーションキャプチャ(※現実の人物や物体の動きをデジタル的に記録する技術)する。そうして作り上げられた“デジタルエキストラ”が合戦シーンや打ち壊しシーンの画面の隅々まで多数配されている。
猿も基本的には人間同様。本物の猿には難しい動きは、フリークライマーであり、猿の動きの研究をしているいとうけんいちに演じてもらい、それをモーションキャプチャしたものを使用。本物の猿と、いとうの動きを投影したCGの猿と、アニメーションの猿とを組み合わせて構成している。
 さらに、クライマックスの掛が「俺は、パンク侍だっ!」と叫ぶシーンの背景にも頭を悩ませることに。最終的な方向性を決めたのは、石井監督の「ここは宇宙曼荼羅や!」という一言。尾上は“曼荼羅(密教の修法のため,本尊を中心に関連のある諸尊や守護を方形や円形の区画の中に定められた方式に従って整然と配置して描いた図のこと)”の万華鏡というイメージで背景を作り上げ、見事に監督のアイデアを形にしてみせた。
 主演の綾野剛はクランクアップ時にこんな言葉も残している。「イン前に監督に『今回は宇宙と戦うから』と言われました。監督は、本当に宇宙と戦うことができるかもしれないって思わせてくれる人なんです」。
 そして石井監督と共に過酷な製作期間を乗り越え、一本の映画を作り上げた伊藤プロデューサーは言う。「“圧倒的な熱量を持った超絶エンターテインメント”を感じてもらえる映画になったと思います」。